国見高校を全国有数の強豪へと育て上げた小嶺忠敏さんは、すでに同校の監督を退任しており、同じ県内の私立校・長崎総合科学大学附属高校の総監督を務めていた。吉岡とは同郷ということもあり、祖父と小嶺総監督はもともとの知り合い。「僕は隣町の出身なので、それまでも何度かあったことはありましたしおじいちゃんとも仲が良かったので、小嶺先生が家に来てくれて、『ウチに来てほしい』と言ってもらいました。それはかなり大きかったです」 結局、憧れ続けた国見ではなく、吉岡はまだ新興勢力の1つに過ぎなかった長崎総科大附属の門を叩き、高校サッカー界のレジェンド指導者の下で、3年間を過ごす決断を下すことになった。.